精進料理について考える
精進料理について考える
葬儀があったので精進料理について考えてみました。
動物性の物を使わない、食べないですが 「殺生しない」らしい。
“食べる”という事は生きてるものの命を捕るからいけない。
坊さんが言うにはこのようだ。
動いてるものはいけないが、動かない植物は食べても良い。
「一寸の虫にも五分の魂」動物には魂があるので精進料理には出さない。
だったら植物には魂が無いのか。
クラシックを流したら成長が良くなった。こんな事もあるようなので植物にも魂はあるのじゃ無いだろうか?
どちらも生命体です。
次世代のために実ったを刈り取られる。動物にしたら出産準備が出来た時に刈り取られる。
花にしたら一番きれいに咲き誇った時に刈り取られる。
これは人間だったら一番輝いてた青春時代に刈り取られる。
その花を仏壇に供える。見方変えたら、まあむごい事。棺に花を入れる生贄のお供。
昔、権力者埋葬にお供の人間入れたらしい。
「土の中から多くの泣く声が何ともむごい」で埴輪を入れるようになったと聞いた。同じような事か?
あるお寺の工事で、「殺生はいけないので境内では蚊が止まっても殺さず吹き飛ばすように」
とあったが歩くだけで蟻も踏むし、息すればバクテリアも吸い込む。
見える事だけがはたして?結局生きて行くためには他の命をいただく。
そう思うと精進料理は単なるパフォーマンスになるのか?
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